オンラインカジノと道徳
オンラインカジノを否定する人の中には、道徳的な価値観からではなく、単に経済的な理由からギャンブルを避けている者も少なくない。当然である。そういう人が大抵口にする言葉は、「ギャンブルで金を使うぐらいなら買い物でもした方がよい」、「ギャンブルに使う金と時間があるならば別の旅行にでも行った方がよい」 などである。彼らはオンラインカジノそのものは否定していないものの、たとえ 10ドルでも15ドルでも、とにかく負けを必死に避けているのである。
こうした考えを持つ者に欠けている考え方は、ギャンブルで使った金は 「楽しんだことに対して支払った対価である」 ということだ。例えば、ゴルフや映画、食事では、いくら高い金を出しても 「物」 としてはあとに何も残らない。また 「観光」 そのものもそうである。言ってみれば、 「物」 の代わりに 「楽しみ」 や 「思い出」 や 「経験」 を金で買っているのである。ではなぜオンラインカジノに対しても同じように考えることができないのだろうか。逆に言えば、なぜオンラインカジノだけがタダで遊ばなければならないのだろうか ということである。
オンラインカジノも 「遊びの、観光の一部」 と考えれば、常識的な範囲の出費をあらかじめ予算に組み込むことは決して日本の価値観に反していないはずである。むしろオンラインカジノでゲームに興じている最中の一喜一憂や興奮は、一般の観光やレジャーの比ではない。そう考えれば一晩遊ばせてもらったオンラインカジノに $100や $200を落とすことは、他の遊びのプレー費や入場料と比較しても決して高くはないはずだ。。